「あんのバカボルトォ!」

普段の運動不足が祟ったのか、既に息が上がりそうになりながらは走った。
目指すのは達に固く立ち入り禁止を言い渡されていた場所。
海辺の砂浜辺りは害になるような敵は出ないのだが一歩島の奥に入り込むと、
手強くないとは言え、それなりに危険な敵が出るのだ。
(だから過保護過ぎるってのよ)
ただ守られてるだけの弱い人間じゃないと散々主張するも、
戦う術を持たないの意見など説得もなにもあったものじゃなかった。
だがしかし、今日までは大人しく仲間達の言いつけを守っていたが、今はそれどころじゃない。
「猫のくせにカニに食われるなんて洒落になんないわよっ!!」
そんなことになったら大笑いしてやるんだから!
どう考えても冷静になれない思考を追い払いながら、必死に地面を蹴った。先に助けに行った達は大丈夫だろうか。
未だ距離が離れているために、状況が伺えない高台を睨み付けた。

嫌な予感がする。














programma3 deriva 6 - 漂流 -
















「なんだってチープーが?」

事の発端は、数十分前。
いつまでもこの島にいるわけに行かない達は、こつこつと出航の準備を進め、
今日ようやくその準備が整った矢先の出来事だった。
未だしか出会ったことのない、人魚がそれを告げた。仲間のネコボルトが島の主に襲われている、と。
流石のも念願の人魚に会えた、と喜んでいる場合ではなかった。
人魚の怯え具合から、その島の主とやらがどれだけの脅威であるかが伺えた。
一瞬にして仲間の間に緊張が走る。即座に自分達の武器を手にするとが言った。
、君はここで待っていて」
「はっ?何いってるの?仲間がピンチだっていうのに私一人だけここでぬくぬく待っていろっていうの?」
「おい、
お前いちいち突っかかるなよ、と言いかけたタルをが制した。
、違うだろ」
お互いの目が合う。の瞳がに何かを訴えていた。そして何かを告げようと口を開き、そして閉じた。
だけども負けてはいない。今度こそ怯むものかと、その瞳を見つめ返す。
「今は言い争っている場合じゃないだろ」
ケネスの諫める声に、ハッとは視線を反らした。は未だを睨み付けたまま。
「……いいね、。ここにいるんだ」
それだけ告げると背中を向けて走り出す。その姿を見て肩を竦める二人。
「いい加減仲直りしてくれ。」
「まったくだ。じゃないと俺達がやりにくい。何があったか知らないけどよ」
そう言ってくしゃりとの頭を撫でた。
「………」
「少しここで頭を冷やして待ってろ。な?」
それでも不満気なにため息をつくと今度こその後を追って走り去っていった。

「………。なんで」
無言で三人を見送ったは、消えて行った仲間の後ろ姿に悪態をついた。
拳を作ってぎゅ、と手が白くなるまで握る。だけどそんなちっぽけな痛みなんか気にならないほど、惨めな気分だった。
「私にも力があったら」
力があったら、今頃一緒に走って行って、チープーを助けにいけてただろうか。無力な自分が、情けない。
せめて、見守るだけでも。そう思ったけれども、かえって足手まといになることは目に見えて分かった。
だってわかっているのだ、は間違っていない。自分がここにいるのが最善だっていうことを。
そうならざるを得ない自分。
ああ本当に。
暫くその場に放心状態のまま立ち尽くした。

「お姉さんは、どうしたの?」

ふいに、声がした。
声の主を振り返ると、先程の人魚がいた。てっきり海に戻っていったと思っていたけど、どうやらまだいたらしい。
可愛らしい顔を今は心配そうに歪めていた。
「人魚さん」
「泣きそうな顔してる。どうした?どこか痛いのか?」
「…違うよ。何処も痛くない。悔しいだけ」
そう言うと少し安堵したように、人魚はに近づいてきた。
「悔しいの?」
「うん。置いていかれちゃった。私じゃ皆の足手まといだから。何も出来ない自分が悔しいんだ」
実際に口に出すと、その言葉の重さがずしりと伝わってきて、目に熱いものが溢れてきてあわてて手で拭った
そんなをじっと見つめ、人魚は考え込むような仕草をした後、ゆっくりと口を開いた。
「リーリンも悔しい思い、したことあるよ。リーリンの仲間、置いて、一人だけ逃げて来ちゃった」
視線を人魚に向けると、俯いて悲しそうに俯いていた。リーリン、これがにの人魚の名前なのだろう。
彼女にも辛い過去があったのだろう、何かを思い出すかのように切なげに瞳が揺れている。
こんな子にまで心配をかけさせてしまった自分がさらに情けなくなる。
「お姉さんは?どうするの?」
「え?」
「どうしたいの?」
真っ直ぐに見つめてくるリーリンの瞳は、綺麗に澄んでいた。ああ、この子は強い。
強い、瞳だった。
「悔しい、の後。リーリンは皆を、助けたいって思ったよ」
純粋な心。
ぽっかり開いた穴に何かが埋まるような感覚だった。
悔しがった後。後悔した後に、それから何をする?どうしたい?
(こんなに簡単だったんだ)
今まで怖くて怯えていたリーリンが勇気を振り絞って、達の所へ駆け付けてくれたこと。
本当は怖くて怖くて仕方なかった筈なのに。それでもこの子は来てくれた。
この何処までも純粋で真っ直ぐな瞳を携えて。
(なのに私は?)
ただ、うじうじと、自分の殻に閉じこもって、何をした?
決意だのなんだの、って結局は達に甘えていただけ?そもそも決意なんてどれほどのものだったのだろう。
そう考えるとついさっきまでの自分が恥ずかしくなる。答えはこんなに簡単。
握り拳を開くと、パン、と自分の両頬を叩く。小気味よい音が響いた。
そしてちょっと痛い。じんじんと痛みが戻ってきた。
「ありがとう、リーリン。目が覚めた!私行ってくるよ」
「うん」
そう言って華が咲いたように笑った人魚を残して、は走り出した。
最後に見たの顔を思い出す。
(何が、違う、だ!)
目で訴えられたってわかるわけない。

「以心伝心なわけあるかーっ!!」
走りながら、三人が消えた高台に向かって吠えた。









どういう訳かの嫌な予感、虫の知らせは良く当たる。
その他のギャンブルやくじ運なんかは全くないくせに、
こういう時ばかりに発揮されるのは当人としても納得がいかないのだが。
今回ばかりはその自分の勘の良さが憎くてしょうがなかった。
「!!!」
辿り着いた先には、予想以上に大きなぬしガニとそれに対峙する仲間達。
余りに大きい体は相当な強度があるらしく、殆ど傷を負った様子もなかった。
「これが、この島の主……」
対する仲間達は、その圧倒的な強さの前に、ボロボロだった。
膝をつくケネス。真っ白だったシャツを血に汚すタル。
チープーもあれだけからかった普段はつややかな毛がボロボロだった。
レベルが、違い過ぎる。力の差を嫌というほど実感させられる状況だった。
(ああ、間に合わなかった!!)
もう少し早く来ていれば。
来ていたら?

何か役に立てた?
ぬしガニの力に圧倒されて体が震えていた。足が鉛のように重く、動かない。
(違う、そんな考えはもう辞めたんだから!)
「これは武者震いだよ!」
自分自身に言い聞かせる。

―それにこんな修羅場、いつもの事じゃない――――

「みんな、大丈夫?!!」
「ばっ!!お前っ!!!」
「どうしてここに!!」
驚いたタルとケネスが振り返る。だけれど今はお説教を聞いている場合じゃない。
「皆大丈夫…?じゃないよね、今おくすりを、」
駆け寄りながら、とっくにに気付いている筈のの後ろ姿を見つめた。
彼だけがさっきから背を向けていて、表情が見えない。何も、言わない。
お説教は後で聞くから、ねえ。

嫌な予感がする。


…?」

背中を向けたままの少年へと足を一歩進める。嫌だ。
空気が、急に変わった。
内蔵がひっくりかえるような、嫌な感じ。胸騒ぎと焦燥感。
澄んだ空気が、一瞬にして別の何かに乗っ取られる。
どくん、と心臓が鳴る。違う、これは共鳴だ。
『なにか』に、鳴いている。これは、何?覚えている、この感じ。これは――

あの時、ラズリルでのあの運命を分けたあの時と――

「な、なんだ…?」
?!」

直ぐ側の仲間の戸惑う声が、まるで壁を隔てたように遠くに聞こえる。
違う、駄目だ、これは――――――――

警報が鳴る。あの時と同じように急に胸に衝撃が走った。
苦しくて、その場に立っていることが出来ずに膝をつく。

の手から禍々しい光が溢れ出している。

「待って!」

止めなくては。そう思ったけれど、体は動かなかった。
耳鳴りまでする。
声は、に届いているのだろうか。
視界が霞む。
こんなに近いのにこんなに遠い。

「駄目、駄目駄目駄目駄目……!!」

もはや意識を保っていられない。
あれ、は駄目。絶対に。

どくん、どくん、と光が増すに連れ、胸の共鳴と痛みが増していく。

「うっ…」
掻き回される。
目を閉じたくない。未だ、背を向けたままの
お願い、こっちを向いて。
涙が溢れた。苦しいからじゃない。

あれをに使わせてはいけない

ああ、誰か止めて。

光が辺りを飲み込んだ。

「だめええええええええ!!!」


必死に伸ばした手は、を掴むことはなかった。



                                                            2007.7.4
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